「ロマン」とは遠くのものを近くに引き寄せ、その美しさを見つめようとする力を意味する（例えば保田與重郎はしばしば遠距離崇拝という言葉を口にする）。それは時間的なものであったり、空間的なものであったりする。いずれにせよ、普通なら手に届く所にあるはずのない遠くである。「ロマン派」はそれを幻視する。いわゆるロマンティックアイロニーである。

しかも、我が国においては、「モダニズム」と「近代主義」が異なるように（そこに微妙なズレがあるように）、「ロマン派」と「浪漫派」は異なる。言い変えれば、「ロマン派」という外来種が日本に移植され、さらに新たな遠距離思慕が加味された時、「浪漫派」という花が咲く。まさに「近代浪漫派」である。

今回この「近代浪漫派文庫」全四十二巻の刊行によって、その、時に危険な美しさを秘めた花壇が一望のもとになる。壮観である。

ロマン主義精神とは何か、と十代のころより考えつづけて、それは――美しいものを見ようとおもったら、そして物ごとの本質を知ろうとおもったら「目をつむれ」という心の声である、と悟ったのは、三十代の半ばのころであったろうか。

そう悟ってみると、わたしが心魅かれる北一輝はもちろん、雲井龍雄も西郷隆盛も北村透谷も高山樗牛も乃木希典も、そうして伊東静雄も保田與重郎も蓮田善明も三島由紀夫もみな、この「目をつむれ」という心の声に従った人びとであることに気づいたのである。

そう気づいてみると、生田長江がうたった、
ひややかにみづをたたへて
かくあればひとはしらじな
ひをふきしやまのあととも
という詩こそ、ロマン主義精神の一極致ではないか、と思い至った次第である。

いまここに、42冊の近代浪漫派文庫の出現をみて、わたし自身の十代のころを振り返るとともに、日本のとくに若者たちにこれを勧めたいとおもうのである。

　いわゆる六〇年安保世代の私たちは、若い時代に「日本浪曼派」を回避するようにして読書をした。北村透谷を読み、鉄幹・晶子を読み、折口信夫、小林秀雄を読んだが、浪漫主義の系譜として「日本浪曼派」につながるものとして彼ら彼女らを読むことはなかった。時代の流れのせいといえばそれまでだが、残念なことだったと今になって思う。

今度、新学社から出る「近代浪漫派文庫」全42冊のラインアップを見て、こういうコンテクストで読書するチャンスが若い時代にあったら、ずいぶんちがう読み方ができただろうにと思う。私は新村出の専門分野以外のものは歌集以外読んだことがない。正岡子規を浪漫派のコンテクストで読めばずいぶんちがう読みができるのではないか。この文庫には、新しい読書のチャンスがたくさんちりばめられているようだ。

　エドガア・アラン・ポオの詩の中に
在りし日の希臘のひかり
また在りし羅馬のさかり
（日夏耿之介訳「陪蓮に餽るうた」）
という二行がある。浪漫主義がつまるところ、いまは遠い過去の理想化による栄光の虚像への志だとしたら、反近代という以上に反現在たらざるをえまい。書くこと・読むことが、否、それ以前に生きること自体が、歴史的現在に対処することである以上、わが国近代の浪漫主義の軌跡を、その誤りも含めて再体験することは、現在の日本を生きる者として、避けては通れない「苦行を愛づる瞑想」（ステファヌ・マラルメ、鈴木信太郎訳「あらはれ」）または、瞑想を愛する苦行ではあるまいか。